諸々,徒然… その壱拾弐 諸星あたるに関する一考察
〜「好きだ」に代わる言葉と態度〜
実に久方ぶりの“諸々,〜”本編であります(^^;)日記にコラム的なことを書いてばかりなので,本来のコラム&エッセイコーナーである当欄になかなか手を付けられなかったと言えば,それまでなのですが(爆),お時間の方よろしければ少しばかり拝借を…
さて今回は,今まで取り上げていなかったのが不思議とも言える「うる星」主人公,かの諸星あたるに関する私なりの考察です。もっとも,私ごときが彼に関してその魅力を語り尽くせるものでは到底なく,また,とても素晴らしい『諸星あたる論』を展開されている方々も多々おいでます。
そこで,この場に置いては総論ではなく,とある一つのエピソードに注目し,その際のあたるの反応や態度から彼の性格やラムへの想いなどを掘り下げてみたいと思います。
まず,注目したエピソードというのは「ラムちゃん,牛になる」です。
このお話,牛に噛まれたラムが,体に入った地球の細菌に対する免疫反応のために伸びたツノを『牛になってしまう…』と感じ違いしてしまうために巻き起こる「騒動」を描いています(もはや,説明不要? ^^;)。全編にコミカルな味付けがされていて(アニメはコミカルさをより強調),涙ながらにラムの「牛小屋」を作るあたるを両親がボヤくというオチがトドメとなり,「勘違いから起こる可笑しさ」を前面に押し出した作りになっています。
その可笑しさが故につい見落とされがちなのですが,このエピソード,かなりストレートにあたるとラムが互いへの気持ちを伝え合っているという点で,あの「君去りし後」や「君待てども」に勝るとも劣らず,あたるが“直球行動”に出ているという点からは「見合いコワし」や「電飾魔境」に匹敵するか,とも言える『ラブ話』の名作の一つであると考えています(最近正式開設となったあるサイト管理人さんも一番好きな話にこれを挙げられてましたが,実はこの話好き♪と言われる方,殊の外多かったりして… ^^)。
では,この話から見て取ることの出来る「あたるの『人となり』」,順を追って述べさせていただきますね。
まずは,いきなりという感じになりますが,副題にもある「『好きだ』に代わる言葉」。直ぐさま思いつかれた方,あなたは「完璧なうる星ドランカー(中毒患者)」です(殴)
そう,あの場面ですがな♪学校を休んでいるラムのことでテンに「オマエかて牛に噛まれたんやろ?」と突っかかられた時,「なにっ,牛がどーしたとゆーのだっ?!」と逆に詰め寄るあたる(このあたり,ラムを心配しているのが見え見えですな〜,ふふっ)。その時,面堂が首を突っ込んで「貴様,ラムさんと牛のどっちが大事なのだっ?!」
あたる,すかさず答えましたね!「おれがいつ牛を愛してると言った?!」
おぉっ,『おれがホレとるのは牛じゃない=ラムじゃ!』ですよね☆国語のお勉強にもなります(爆)しかも,「好き」を通り越して「愛してる」ですよ〜♪普段つっけんどんなクセして,のっけからエンジン全開,フル・バーナーですっ(*≧▽≦*)
あたるって,思いの外「古い」性格を持ち合わせてます。「肝心なこと」は軽々しく口に出さない。“男は黙ってサッポ○・ビール” (古〜いコピー!しかも,伏せ字になっとらん!)じゃないけれど,いざって時に行動で示すタイプですよね。このへんは,皆さんもうよくご存じのことでしょう。
その超堅物(と言ったら語弊があるが…)なあたるが,この場面では「(牛なんかとは比べものにならんくらい→当然だが)ラムが大事なんじゃ!」としっかり口に出しとるわけですよ。これは,もう事件ですよ,奥さんっ!(壊)
まぁ,冗談は抜きにして,普段口にしないことを言葉にしているだけに,その重みはズシリと来ます。らんま最終話のあかねの言い方を借りると,『好きって言ったも同然よっ///』てことになるんですが,残念なことに,このやり取りがあった時,その場にラムはいなかったんですよね〜(直後に窓際に現れてたけど T_T)だから,2回目の鬼ごっこが出来たとも言えるわけですが…
もう一つの『ラブ・ポイント(何じゃ,そりゃ?)』は,「ある日突然牛が現れたら,うちの名前を付けて可愛がってね…」と告げて,ラムがあたるの前から姿を消そうとするシーンですよね!『ここを語らずして,このストーリーを語るなかれ』と言われてる(そうなのかっ?!)くらいの有名シーン☆
ここでのラム,いつもにない行動をとりますよね。一端,身を退こうとします。
「一端」と書いたのは,牛になってから(とラムは思っている ^^;),もう一度あたるの前に姿を現すつもりがあったからですが,わざわざ一度姿を消そうとするのは,やはり女の子だからでしょう。“自分の姿が変わり果ててしまう様子”を,愛しい人にだけは見られたくない,見せたくない!乙女心だね,切ないよね,辛いよね…
このラムの様子,オジさんの心だって(『オジさんだから』の誤り?)これだけ揺す振るんだから,女心の機微に敏感なところのあるあたるが「動かない」はずがありません!
「こ,こら。待て!」「きちんと話さんかい」とラムを掴まえ,引き寄せ(!)ます。
あたるって(また,こう書いちゃった…),普段はラムから逃げてるくせに,なんでラムが遠ざかろうとすると追いかけるの?なんて素っ頓狂なことを尋ねる御仁がいたりしますが,そういうお方は男心の機微に疎いと宣言しとるようなもんですぞ(^^;)
ちょっと話は総論的になりますが,あたるというヤツ,男の純心を絵に描いたような存在なんですな。あ,ここでの「純心」って,汚れがないという意味とは違って,モロに「男そのものの心」(爆)ってことです。
ただ,女好きではありますが,常々,女の子と『「一緒に」楽しくしたい』と思っているわけで,女性を弄ぶ男ではありませんよね(強調っ!→って言うか,場合によっては女の子にいいようにあしらわれてたこともあったし…)。そして,自分からアプローチして楽しくしないことには始まらんという,彼独自の哲学というかポリシーめいたもの,プライドを持っているのも大きな特徴。
このプライドから生まれるリズム(間合い)に,つきあい始めた頃のラムが全然合ってなかったわけですよ。彼女は自分の方から,しかも正面切ってあたるに「向かっていった」ので!あたるは基本的に攻めのリズムで女の子と接するタイプなので,守りのリズムって苦手なんですね。
だから,ラムの良さが解るまでは逃げ回っていたし,ラムという女の子が解ってくると,自分の間合いに持ち込むように動いていることが,ラムから見ると逃げていることになると…私は,こう分析しております(^_^;)
つまり,「追えば退き,退けば追う」で,あたるとしては照れよりも自らのポリシーやプライドでラムから「逃げて」おり,二人の距離を普段はある程度のところ(?)で保っておきたいんじゃないか,と思える節があるわけです。その距離とは,ぴったり(ベッタリ)引っ付くものじゃなく,その場の空気を通して互いの体温が感じられる程度の距離(他のるーみっくの主人公たちも,ヒロインに対しては同様の距離間を保ってますね) 。勿論,これはストーリー進行中のことで(一度だけ,「夜を二人で」にて距離を縮めようとしましたが),2度目の鬼ごっこの後は当然変化していることと思います…(*^_^*)
さて,話を元に戻しましょう!
あたるがラムを引き留めようとして,束ねていた髪が解け「『牛のツノ』の現実」(あくまでも,当事者の二人にとって ^^;)があたるにも突き付けられます。そして,ラムの口から語られる衝撃の事実(思い込みだけど・苦笑)!ラムの過酷な行く末を知った(これまた,思い込み)あたるは 。
この時のあたるの態度。笑えるセリフながらも,その心根が泣かせてくれます!
「こっそり牛になってスキ焼きの具にされたりしたら,どうするんだよ…」「どこへも行くな。おれが飼ってやるから 」
『シチュエーションが“牛抜き”なら,すっごくロマンチック♪』と感じられてるようなら,まだまだ甘い!(きっぱり)どんなもの・形であれ「今までのラムじゃなくなってしまう」ということに対して,あたるが言った言葉と奥にある想いの重さたるや,ごく普通に愛を語り合う時の比ではありません!
今からの例え,体にハンデのある方に対する偏見及び同情ではないこと,まずご理解ください。
想像してみてください。五体満足だったあなたが不慮の事故に遭い,以前には考えられなかった体のハンデをかかえて今後の生活を送るようになったとしましょう。あなたには事故前から恋人がいました。その恋人,事故後も変わらずにあなたに接してくれますか?いや,ハンデをかかえてからの方がより「濃く」接してくれるでしょうか?家族ではない,元々は赤の他人である「あなたの恋人」は…?
ラムが牛になってしまうという状況は,日常で考えられる範囲なら,このようなものだと言えるのではないでしょうか?
まだ世間を十分に知らないという若さからの勢いが絡んでいるとはいえ,この時のあたるのラムに対する想いと態度は,男として,そして人として「天晴れ」という他ありません。悪者の魔の手からヒロインを取り返すばかりがヒーローの格好良さではないのです。
近い将来の信じられないような出来事(思い込みとはいえ…繰り返しますが ^^;)に悩み,怯え,一人胸を痛めていた少女の心の内を心底思いやり,それと共に,どんな姿になろうとも大切な人を失いたくはないという自分の純真(ここは真っ直ぐな心の意味^^;)さを貫こうとしている少年 。まさに「等身大」のヒーローがここにいると言ったら,誉めすぎでしょうか?
いや,自分が高校生だったとしてあたると同じような立場なら,ヤツほど真っ直ぐに恋人とその子の行く末に向き合えるかと尋ねられると,正直なところ言葉に詰まるのです…だから,同じ男として見た場合,この場面そしてその後に泣きながら牛小屋を造っているあたる,すごくイイんです。あか抜けてはいないけど,彼の温かいハートがじわわ〜っと伝わってきて…話の中に入って行って,一緒に酒酌み交わしたい気分にさせてくれるんです(コラ!そりゃ「未成年飲酒強要罪」に問われるぞ!)。
そう言えば,この話といい「君去りし後」,「愛は国境を越えて」など,あたるがラムに対する素直な心を見せるエピソードって,あたる,必ず泣きますよね。普段は表に出さないラムへの想いと,人前では見せない涙…このふたつが結び付くものだとすれば,あたるの心の根っこの部分は涙みたいに澄んでいるんでしょうな〜。う゛っ(>_<),男が口にするフレーズ(書いてんだけど)じゃないわ!
でも,あたるにゾッコンという女性の方は,このあたりはしっかりお見通しなんでしょうね…え?「それ,あたるクンの『基礎中の基礎』よ!」ですか…失礼しました(汗)
このエピソードを読んでから,おそらく多くの方が,その後日談というか『「牛のツノのことが早とちりだった」ことを,あたるが知ったらどーなるだろう?』と,一度は考えられた経験があるのではないでしょうか?今回,その「後日談」を,落書きより1ランク上で1Pまんがにしてみました(一粒で二度おいしい「グリコ」状態 ^^)。
…画像裏のALT文にも記しましたが,このまんが,このページに置かずピンで見たら「『別の』早とちり」を二人がしでかしてたように見えちゃいますね。やっぱり1字も「牛」と入れなかったのがマズかったかな(汗)ん?そこのあなた,何にギクッ(焦)とされてんですか?
怒ってラムを追いかけるんじゃ「月に吠える」OVAのラストになっちゃいますし,ここはラムが牛にならずに済むことを素直に心から喜ぶあたるにしてみました。こう考えた根拠,自分としてはそれなりにあります。
一つは自分が酷い目にあったワケじゃないので,OVA「月に〜」みたいに怒ることはなかろうということ。もう一つは,「大ビン小ビン」でもそうであったように,何よりもラムが「元どおり」であることには心から安堵すると思うんです(あ,「大ビン〜」でもあたる泣いてた)。
そして,三つ目。これは私の思い過ごしかも知れないのですが,この話の後に納められた各話を見てみると,あたるの傍にごく自然な形でラムがいるというパターンが目立つ気がするのです。Wサンデー掲載時には「水之小路家の娘」を挟んでいるのですが,単行本では直後に「月夜のキツネたち」が納められています。そこでの二人の登場シーン,ご記憶でしょうか?人気もまばらな夜の街,自販機の前で揃ってジュースを買ってるんですね。しかも,あたるが選んでいる横でラムは先に買ったジュースを飲んでるし。普段から,女の子に優しいとはいえ,あたるがラムに対して“レディ・ファースト”な態度を取ってるんですよ。
私としては,特に3番目に取り上げたことから,「ラムちゃん,牛になる」のエピソード後,また一歩二人の距離,特に互いの心の距離が近づいたのではないかと思えてくるのです。
は?「となると,この後日談まんがのさらに続きの部分が気になる…」ですって?フフフ,そのあたりはご随意に妄想を走らせてくださいませ♪
まぁ,それこそ先の「ギクッとしちゃう『別のもの』」が起こり得ることには発展しなかった とは言い切れませんし…(*≧▽≦*)
こうやって改めて文章にまとめてみると,あたるの魅力って本当に奥の部分がありますね〜☆
以前,とあるサイト管理人さんから「自分の捉えるあたる像」についてアドバイス的なことを伺った際,『あたるは懐が深い』という表現をされていました。うわべの見てくれや態度だけでなく,その奥にあるヤツの考えや心理を考えていくと,一つ突き止めたつもりになっても,次にまた新たな開けていない魅力のドアが見えてくる…う〜む,諸星あたる!若干17歳にして,よくもまぁ底知れぬ男に育ったものよ(笑)
勿論,そこには,ラムとの出逢いによってもたらされ,磨かれていったものが随分とあるはずです。「いい男はいい女によって創られる」。逆もまたしかり。そして,いい人やイイ作品(マンガやアニメに拘らず)との出逢いは,人生を豊かにする 。
おお!今回の「諸々,〜」いつになく中味のある終わり方じゃの〜♪(←自分で言ったら,何にもならんだろーがっ!)
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