そして静かに積もりながら

作:yuri  挿絵:平氏源太   



「・・・よく寝てるっちゃ。初めてのスキーもソリ遊びも、とっても楽しそうだったけど、やっぱり疲れたんだっちゃねぇ」

ベットの中で小さな寝息を立てる真優香の頬を、ラムは愛おしげになでた。
柔らかい暖かい、幸せに満ちたその頬。

「おれもクタクタじゃ!」

隣のベットでうつ伏せになったあたるがこぼす。
連休を利用し、真優香が産まれてから初めて、スキー場近くのペンションに家族で宿をとった。
晴れているのか、月明かりで外は薄白く照らされている。

「久しぶりのスキーもキツイが、ソリ遊びってのがあんなにハードとは思わんかった」
「ダーリン、真優香が喜ぶからって、あんな高いとこから滑るんだモン。それも何度も!そろそろ歳、考えた方がいいっちゃよ〜」

そういう自分が1番はしゃいどったくせに・・・
あたるは言葉には出さなかった。
しかし、確かにあちこち痛い。
明日は温泉にでも入ってから、帰ることにするか。

幸せそうな寝顔の娘を見つめながら、ラムがしみじみと言う。

「真優香、ほんっとにパパが好きだっちゃよね」
「なんじゃい、あらためて」

娘、というのは父親にとって、なんとくすぐったい気持ちの良いものだろう。
初めて真優香を抱き上げたとき、壊れてしまいそうで怖かったことを思い出す。

確かに今日は無理したかもしれない。
小学生になった真優香を乗せたソリをひっぱり、コースの坂の上まで何度も登った。
「パパ、楽しいね! パパ、面白いね!」
真優香にそう言われると、登ることなど、なんという辛さもなかった。
「パパ!パパ、だあいすき!!」
真優香がそう言えば、不思議といくらでも強くなれる。

ふと見ると、ラムは黙り込んでいる。
なにか思い巡らせているような。

「ウチもダーリン、大好きだっちゃ。」

は?またそういう話か!どういう脈絡で?
あたるは思った。
やはり此奴の思考回路はよくワカラン 。

「だから!?なんじゃいあらためて! とにかく疲れた!寝るぞ!」
太股、腕、あちこちすでひどい筋肉痛である。

ラムがベットに入ってくるなり言った。

「ダーリン、ウチのこと好き?」

あぁまた始まった。
あたるは、疲れて相手をする気にもならないという風に、背を向けた。
「もういいから。静かにしないと、真優香を起こすだろが」

いつもならここで怒ってくるラムだったが、今日はあたるの背中に身を寄せた。

「結婚して、真優香が産まれて、ウチほんと、幸せだっちゃ。だけど。
よ〜く思い出しても、ダーリンはまだ「好き」って言ってないっちゃ。ほら・・・」

あの時も、あの時もと、ラムは話し続けている。
あたるは聞き流していたが、背中に寄り添うラムの暖かい身体と、耳元で話すその声は、なんだか心地よかった。

「いまわの際にいってやる、ってダーリン言ったっちゃ」
「いまわ、もう、つかれた・・・寝る」

「もう!」
今度はラムが背をむけた。
暫く後、その背中に寝ぼけた、しかし優しい声がかかる。
「・・・いまわ、まで、側にいろよ」

「・・・ダーぁリンっ!!」
あたるのことばに、飛び起きたラムは満面の笑顔で飛びついた。
ダーリン! ダーリン!! ダーリン!大好き!!
そうことばにする代わりに、思い切り強く、なんどもあたるを抱きしめる。

「こらこら、オレは疲れたって言っとろーが」
あたるの唇を、ラムの唇がやさしくふさいだ。
そして静かに、耳元でささやいた。
「ダメ。静かにしないと、真優香を起こすだろが、っちゃ」

外は粉雪が静かに降りだした。
二人は暫くじゃれあい、やがてゆっくりと重なりあっていった。
ゆっくりとゆっくりと。
雪はどこまで降り積もるのだろう。
雪の夜は全ての音を包み込んでしまうように、静かだった。



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