― 雷櫻 ―

作(文と絵):yuri    



 3人が暮らすアパートから、しばらく緩やかな坂道をのぼるとその公園はある。
その園内の、樹齢も半世紀を超えた古木が並ぶ桜並木は、長年の友引町住民の憩いの場となっている。
桜並木そばの芝生広場では、すでに何組かの家族連れがシートを広げ、思い思いに春を楽しんでいた。

 真優香が生まれてから諸星家は、天気のいい日はよく、この公園で過ごすようになった。
桜の季節は他の家族連れ同様に、ときおり風に淡紅色の花びらが運ばれてくる芝生広場にシートを広げ、桜餅や花見団子を食べたり、ときに広場を親子で駆けまわったり、うつらうつらと眠りに落ちたりしながら、春の日を過ごしてきた。

 今日は、公園に到着するやいなや真優香は、先客に幼稚園の友達を見つけ、遊具で友達と遊んでいる。
子犬のようにはしゃいで友達と遊ぶ娘の様子を眺めながら、3本目の花見団子を頬張ったあたるの傍で、ラムがつぶやいた。
 「きれいだっちゃね・・・」
 ラムのことばに思い返せば、ふたりで過ごした桜の思い出は、きれいというより奇妙なものばかりだ。
面堂家でタコ足を食べる桜と同じリングの上でプロレスごっこをさせられたり、ラムが花見に持ち込んだやたら旨い劇薬ジュースのせいで2年4組の連中と劇をするざまになったり、化け物がうじゃうじゃといる亜空間でランちゃんの桜餅泥棒を手伝ったり・・・。

 そんな奇妙で騒々しい学生時代を一緒に過ごしたラムと結ばれ、愛娘の真優香が生まれ、家族として過ごしてきた日々も、振り返れば、学生時代とはまた異なる意味で目まぐるしいものだった。

 愛おしすぎて、かたときも目を離すことができなかったあの小さな娘がいま、親の元を少しばかり離れて、ときおり花風に吹かれ舞う花びらを追いかけ、この園内を友達と駆け回っている。
 散りゆく花と過ぎていく春の日の時間に、愛娘と過ごす時間もいつか終わりが来るだろうことを感じてしまい、あたるは「まだ・・・」と思わずつぶやいてしまった。
 「?」思いがけないあたるのつぶやきを耳にしたラムは、大きな瞳をさらに丸くして、夫の顔を覗き込む。

 「・・・♪花よ花よまだ散らないで いっそ時間ごと止まってしまえ♪
  なんて願っても日は暮れる 花風に吹かれ明日へ行く♪・・・」
 こぼれたつぶやきを誤魔化すように、あたるはラムから視線をそらし、桜を眺めながら口ずさんだ。
 ラムは、あたるの横顔をしばらく見つめ、そしてその視線の先にある桜と、そして真優香に目を移した。

 あたるとラム、ふたりの視線に気付いたのか、真優香がふたりのもとに走って戻ってきた。
花散らす風が少し冷たく感じるように、春の日は暮れている。
「お友達もお家に帰ったようだし、ウチらも帰ろうか。」とラムにうながされて、思い切り遊んだ真優香は満足そうに「うん!」と返事をする。

 あと何度こうして、愛娘と、同じ春を見られるのだろう。こんな幸せな春の日が、いつまでも続くといい。広げたシートを片付けながら、あたるは思っていた。
それが父親としてのわがままなのだとわかってはいながらも・・・。


 すっかり遊び疲れた真優香をおぶって、緩やかな坂を下る帰り道、「来年もまた来ようね」とあたるがいうと、ラムと真優香は、揃って「うん!」と彼に笑いかけた。

 ある4月の、桜舞う日のことだった。

   


≪ もどる